デイブレイクの冷凍寿司が、ついに6月アメリカのスーパーマーケットで発売されます。前例のない冷凍寿司の海外輸出を実現したのは、たった3人を中心とした少数精鋭チームです。不可能とされていた寿司の冷蔵解凍、厳しい規制の壁、コールドチェーン構築。多くの困難を乗り越えながら、寿司という日本文化を世界に届けることに成功しました。ここまでの道のりをどのように歩んできたのか。食材流通事業責任者の五十嵐圭佑、食材流通事業チームの佐藤優、佐藤朋子に冷凍寿司海外輸出の軌跡について聞きました。
ーーーー何をきっかけに、冷凍寿司の海外輸出に取り組むことになったのですか
(五十嵐)実のところ、冷凍寿司の輸出は最初から計画していたわけではなく、偶然とご縁からスタートしたプロジェクトでした。もともとは、アメリカで日本のおにぎりを手軽に提供する厨房レスの専門店を展開する構想を進めていたんです。その可能性を探るために現地を視察した際、確かにおにぎりはアメリカでも広く認知されており、日常的に食べられている食品でした。しかし、人手不足や不動産価格の高騰など、運営面でのハードルを踏まえると、単価の低いおにぎり専門店を成立させるのは難しいのではないかーーという先行きへの不安が募りました。
ちょうどそのタイミングで、偶然保冷バッグの空きスペースに入れて持参していた冷凍寿司のサンプルを、現地で試食していただく機会があったんです。「それは何?」と問われたので提供すると、非常に好評で、予想以上のポジティブな反応をいただきました。その後、おにぎりと並行して寿司の検証を進めていった結果、圧倒的に寿司への引き合いが強く、事業の重心が寿司に移っていきました。冷凍寿司のサンプルをたまたま持って行っていた、あの偶然がなければ、今の展開はなかったかもしれません。
なお、その試食の場にいらしたのが、6月から販売がスタートする(※1)「ミツワマーケットプレイス」のご担当者でした。まさにご縁に導かれた出会いでしたね。その後、冷凍寿司についてリサーチを進めたところ、過去には多くの企業が挑戦しながらも、なかなか成功に至らなかった歴史があることを知りました。それでも市場規模が非常に大きく、品質面で差別化できる余地があると確信し、冷凍寿司という領域での海外展開に本格的に舵を切ることになりました。
(※1)デイブレイクの冷凍寿司が米国ミツワマーケットプレイスで販売決定
ーーーーアメリカ市場を最初のターゲットに選ばれた理由は?
(五十嵐)まず、現地に信頼できる人脈があり、市場の動向把握や開拓が比較的しやすかったことが大きな要因です。また、当時の為替状況など外的要因も考慮し、初期の展開国としてアメリカに注力する判断をしました。実際に現地で事業を進めていく中で感じたのは、「誰と、どこで繋がるかは本当に予測がつかない」ということ。だからこそ、まずは積極的に話をしてみるというスタンスを大切にしています。日本でも、どれだけ美味しい海外の料理があっても、それがいきなり流行することはほとんどありませんよね。やはり、現地の食文化のコミュニティに入らないと本質的な浸透は難しい。
冷凍寿司についても同じで、アメリカでは寿司がすでに国民的料理のひとつになりつつありますが、それでも実際の流通に乗せるには、現地の食品業界のネットワークや商流の中に入っていく必要があります。今回、ミツワマーケットプレイスとのご縁も、通常のルートでは出会えなかったような、本当に特別な繋がりでした。
ちょうど1年前、2024年の夏までは本気でおにぎりプロジェクトを進めていた。それがこの1年で一気に寿司にシフトし、こうしてアメリカでの販売が始まるとは……正直、時の流れの速さについていけないくらいです(笑)
ーーーー冷凍寿司の輸出において、最も大きな技術的な課題は何でしたか
(五十嵐)商談を進めていく中で分かったのは、アメリカの小売店では衛生基準の観点から、冷凍食品を販売する際には「冷蔵解凍」で提供しなければならないというルールがあること。私たちが当初提案していたのは、常温で自然解凍する寿司だったため、このルールに適合しておらず、大きなハードルがありました。
冷蔵解凍は、「白蝋化(はくろうか)」と呼ばれるシャリがパサつき、味や食感が著しく劣化してしまう現象が起きるリスクが高く、冷凍寿司における最も難易度の高い解凍方法とされています。これまでは実現不可能とされ、市場にも存在していませんでした。そうしたハードルの高さを知りながらも、私たちは冷蔵解凍でも美味しさを保てる寿司の開発に着手。冷凍技術だけではなく寿司の「レシピ」から検討する大掛かりな開発でした。
ーーーー冷蔵解凍に対応するシャリの開発では、具体的にどのような取り組みをされたのでしょうか
(佐藤 優)冷蔵解凍でも美味しく食べられる寿司を実現するために、シャリの製造におけるあらゆる工程ーーー米の品種選定、浸水時間、加水量、炊飯改良剤(添加物)の選定、すし酢の配合まで、すべてを一から見直しました。開発の出発点となったのは、デイブレイクのラボが以前より進めていたシャリの研究レシピです。まず着目したのはお米のアミロース値。アミロース値が低い米は保水性が高く、白蝋化しづらいという研究結果があります。ところが、当初使用していたのはアミロース値が高い品種だったため、低アミロース米との比較検証から始めることにしました。
そこからは、浸水時間、加水量、炊飯時間、炊飯改良剤の種類と配合割合など、各プロセスの最適な組み合わせを求めて、何十回にもわたる試作と検証を繰り返しました。お米の品種によっては食感や保水性に大きな差が出ることも分かり、また炊飯改良剤の配合によっても、粒立ちやほぐれ感、さらには味のバランスまで影響を及ぼすことが明らかになりました。なお、炊飯改良剤は多く入れれば良いというわけではなく、過剰に使うことで逆効果になるケースもあり、その加減が非常に繊細です。
さらに、完成させたレシピを実際の製造工場で再現する際には、製造量や設備の違いによって仕上がりにズレが生じることもありました。そのため、現場のオペレーションに合わせて細かく調整したのですが、印象的だったのは、工場の皆さんが非常に協力的だったことです。我々の提案によって変更が必要な場合も、「どうすれば実現できるか」を一緒に考え、主体的に動いてくださった。そうした現場との密な連携が、今回のシャリの開発成功の要因の一つだと感じています。
ーーーー冷蔵解凍シャリの開発と並行して、海外輸出の実現には物流面にも課題はありましたか
(五十嵐)レシピ開発と同じくらい重要な要が、コールドチェーンの構築でした。冷凍寿司を海外に届けるためには、製造から最終販売地点まで、一定の温度管理を保ち続ける必要があります。いざ実際に輸送フェーズに入ると、自社のコントロールが及ばない領域が一気に増え、さまざまな変数が発生してしまう。自分たちで解決できる範囲であれば対応できますが、どの工程で何が起きたのか特定できない不確定要素と向き合わなければならないのは大きなストレスでした。
(佐藤 朋)物流業界の情報を集めるために展示会にも足を運びましたが、正直なところ期待していたような成果は得られませんでした。唯一得られた学びがあるとすれば、「冷凍寿司の輸送に前例がない」という事実。つまり、自分たちで道を切り開くしかない、という結論に至りました。コールドチェーンに関しては、食品よりも医薬品、特にワクチンなどの事例のほうが圧倒的に多く、色々と調査を重ねた今では、ある程度専門的な知識を持って対応できるポジションを自社で確立できた自負があります。
特に苦労したのは、輸送環境中の温度を記録する「温度ロガー」の選定です。食品に温度ロガーを入れて輸送する前例はほとんどなく、医薬品や高級化粧品など高単価商品の事例しか見当たりませんでした。加えて、日本から遠隔でロガーのデータをリアルタイムで監視する仕組みも存在せず、求める仕様を満たす製品を見つけるために、多くのメーカーと商談を重ねました。ロガーを導入しない場合、万が一輸送中に商品が劣化した際、品質に関する証明ができず、最悪の場合は訴訟リスクにも繋がりかねません。だからこそ、温度データは我々にとって品質保証の命綱です。
最終的には、必要な機能を備えたロガーに辿り着くことができましたが、現在も遠隔確認時の通信環境の不安定さやコスト削減など、いくつかの課題は残っています。
(佐藤 優)輸出にあたり、何度か海上輸送・空輸の両方で温度ロガーを使用し、実際の輸送環境での温度推移を計測しました。その結果明らかになったのは、温度がグンと上昇する、つまり冷凍状態が保たれにくくなる環境が存在するということ。特に海上輸送は輸送時間が長いため、ドライアイスや保冷剤の追加だけでは十分な保冷効果が得られるかどうか不安が残りました。
そこで、単に保冷剤を増やすのではなく、輸送資材そのもの、外装・内装の断熱設計から見直す方針を取りました。外装ダンボールの断熱性を強化すると同時に、内部には高性能な断熱材を組み合わせ、さまざまな環境下で検証を実施。3〜4時間常温で放置して中の状態を確認するなど、地道な実験を繰り返し、最適な構造を導き出しました。
断熱効果のあるダンボールには一定の優位性がありますが、それだけでは我々の寿司を十分に守れない。そこで、断熱材を内装に組み合わせることが必要となり、この内装材の有無で保冷性能に大きな差が出ることも分かりました。資材の選定はチーム全員で分担しながら進めましたが、例えば発泡スチロールのように、断熱性は高くてもアメリカでの輸送には推奨されていない素材もあり、使用の可否を見極める判断も必要でした。また、箱の空間が大きすぎると保冷効果が弱くなるため、内部にアルミブランケットを加えるなどして、できる限り空間を減らす工夫も行いました。
この一連のコールドチェーンに関する検証・調整は、約3ヶ月に及びました。特別な新素材を開発したわけではなく、既存の素材の中から最適な組み合わせを選定し、そこに現場で得た知見と工夫を加えていくーーーそうした積み重ねが、現在の輸送体制を支えています。最終的に、海上輸送でも商品の品質に問題がないことが確認できたのは大きな成果でした(※2)。
(※2)デイブレイク、日本からアメリカへの冷凍寿司の海上輸送に成功。保冷・断熱資材の独自研究で約3か月のコールドチェーンを実現
(佐藤優)冷蔵解凍に対応したシャリのレシピを開発したものの、日米間での輸送を何度か繰り返す中で、品質にばらつきが出るという課題が浮き彫りになりました。輸送環境や取り扱い条件などの変数が多く、安定的に高品質を保つには、さらなる改良が必要。そこで、誰が解凍しても、また多少過酷な環境下に置かれても品質が維持できるシャリを目指し、さらなるレシピ改良・内製化に踏み切りました。これにより、輸送時の品質リスクを抑えるだけでなく、さまざまなパートナーとの連携においても、柔軟な対応が可能になります。安定したシャリをつくるために、前回の開発と同様に輸送中に起こりうる温度や湿度の変化など、実際の商流で起こりうるリスクに向き合いながら、試験と調整を重ねました。
(五十嵐)また、輸出規制への対応も並行して行っており、アメリカでは使用可能な添加物が州ごとに細かく異なる上に、輸出禁止となっている原料があります。中には、証明書の提出が必要なものもあり、レギュレーション対応が非常に複雑です。炊飯改良剤に関しては、最も相性の良かった成分がアメリカでは使用不可で、泣く泣く代替原料を探すことになったケースもありました。再びイチから検証を始めなければならず、せっかく完成したレシピが振り出しに戻るような場面もありました。納品スケジュールを動かせない中での開発作業は、チームにとって大きなプレッシャーだったと思います。
(佐藤優)試行錯誤を経て、現時点でのベストな内製レシピがようやく完成しました。今後もブラッシュアップを重ねていく予定です。実際に6月からアメリカでの販売が始まることで、現地でどのような反応があるのか、どのように解凍され、店頭でどう扱われるのか。その結果がこれからの学びになります。本当に、「箱入り娘」のように大切に大切に送り出すお寿司なんです。どんな環境でも美味しく食べてもらえることを願って送り出しています。現地で開封され、お客様に食べていただく瞬間を想像すると楽しみで仕方がありません!
ーーーー今後の目標を教えてください
(佐藤優)現在のシャリのレシピは、品質・輸送耐性のバランスを取った上で完成した現時点でのベストです。しかし今後はさらに、品質を維持しながら、より高い耐性とコスト効率を実現できるレシピに進化させていきたいと考えています。
また、商品アイテムの拡充も目標の一つです。人気のネタということもあり「サーモン握り」と「カリフォルニアロール」が現在の主力ですが、ほかのネタにも広げていきます。ただし、ネタによっては変色や品質保持が難しいものもあるため、まずは規制に適合しつつ、品質を担保できる食材から順次展開していく計画です。
(佐藤朋)私たちが取り組んでいるのはまさに未知の領域で、現地を訪れて初めて得られる情報や、実際の環境を体験して見えてくる課題が多く、その一つひとつが貴重な知見として蓄積されています。この知見は今後、自社の競争力になるだけでなく、同じように輸出に挑戦しようとする企業に対しても、有用な知見として提供できると思います。「冷凍寿司が輸出できたなら、他の食品はもっとやりやすい」と言えるほど、寿司は輸出の難易度が高い食品。それを自らの手で可能にしていく過程は、業界のルールそのものを自ら作っているような感覚です。
(五十嵐)最終的なゴールは、一人でも多くの現地の方に、美味しいと感じてもらえる商品を届けること。冷凍寿司が輸出可能になれば、たとえば人手不足に悩む海外の外食業態に対しても、大きなソリューションになり得ます。佐藤(朋)さんの言うとおり、既存のレールをなぞっているのではなく、自らそのレールを敷いている。これまで誰も手をつけなかった分野に挑むトップランナーとして、自信と誇りを持って挑戦を続けていきたいです。
最初は手探りだった取り組みも、今後輸出量が増え、供給体制が整えば、「冷凍寿司市場」という新たなジャンルとして確立する可能性も見えてきました。単なる製品開発ではなく、次の時代の食の輸出モデルそのものをつくることに繋がります。試行・失敗・改善の連続が標準である今のチームだからこそ、価値のあるマーケットを切り拓けると信じています。
ーーーいずれ現地で冷凍寿司を製造する可能性も(アメリカに限らず)ありますか
(五十嵐)その国の空気や水、原料で作られたものが、最終的にその土地で好まれるのは世界共通だと思います。日本の美味しいものを届けることも大事ですが、それと同時に、その地域の人たちと一緒に作っていく方が、受け入れやすいということもあります。そこに内製化したレシピという確固たるものがあれば、すごく活かされる。レシピは、単なる作り方ではなく知的財産です。情報の価値は、おそらく我々の想像以上に大きいので、その扱い方も今後しっかり設計していく必要があると思っています。
私たちチームは寿司職人の集まりではなく、寿司の製造においては言わば素人。その立場だからこそ、「こうあるべき」という既成概念にとらわれることなく、柔軟にアイデアや技術を取り入れられたのが、ここまで到達できた理由かもしれません。寿司のプロだったらできていなかったかもしれないソリューションを、冷凍技術を武器に、発想と技術を掛け合わせてゼロからつくってきました。この経験、強みを活かして、これからも世界への輸出を展開していきます。
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